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東京高等裁判所 平成元年(行コ)59号 判決

控訴人 林景明

被控訴人 東京都文京区長事務承継者 埼玉県川越市長

代理人 齊藤隆 長沢幸男 ほか二名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

一  控訴人は、「原判決を取り消す。東京都文京区長が控訴人の外国人登録原票訂正申請について昭和五九年八月二八日付けでした棄却処分を取り消す。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

二  当事者双方の主張並びに証拠関係については、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当審も、控訴人の本訴請求は、これを失当として棄却すべきものと判断するが、その理由については、原判決一一枚目裏七行目「右条約ないし」を削除するほか、原判決がその理由において説示するところと同一であるから、これを引用する。

二  以上の次第で、控訴人の本訴請求は、これを失当として棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 野崎幸雄 篠田省二 関野杜滋子)

【参考】第一審(東京地裁昭和六〇年(行ウ)第一四八号 平成元年五月二三日判決)

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1 東京都文京区長が原告の外国人登録原票訂正申請について昭和五九年八月二八日付けでした棄却処分を取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二 請求の趣旨に対する答弁

1 本案前の答弁

本件訴えを却下する。

2 本案の答弁

原告の請求を棄却する。

3 訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一 請求の原因

1 原告の外国人登録原票中の国籍欄には、新規登録時以来「中国」と記載されている。

2 しかし、原告は無国籍であるから、右記載は事実と相違する。

すなわち、

(一) 原告は、昭和四年九月五日、当時日本の領土であつた台湾で出生し、両親が日本国民であつたことにより日本国籍を取得した。

(二) サンフランシスコ平和条約二条において、日本が台湾に対するすべての権利を放棄した結果、台湾は帰属未定になり、台湾人は無国籍になつた。したがつて、原告も無国籍となつた。

なお、政府は、国会の審議(昭和二七年五月二七日参議院における日華条約審議の際の倭島政府委員説明、同年六月一三日参議院説明、昭和三九年二月二九日衆議院、岡田春夫議員質疑への池田首相答弁)において、台湾人が右条約により無国籍となったとの解釈を示している。

(三) 国連憲章第二条、第五五条、第五六条及び世界人権宣言並びに戦後の日本の法制においては、自決権が尊重されているから、条約解釈も憲法解釈も自決権尊重を至上原則とすべきである。したがつて、平和条約で日本が総ての権利を放棄した後の台湾人は自決権によつて日本国籍を取得するか、無国籍になるか、新国籍を取得するかについて自由選択権があると解すべきところ、原告は無国籍となることを選択した。

(四) 仮に原告が中華民国の国籍を取得した事実があつたとしても、昭和四七年九月の日中国交回復で中華民国という国が法的に存在しなくなつたため、無国籍になつた。

原告が昭和四八年二月九日に提訴した日本国籍確認訴訟において、最高裁判所は、原告の国籍は、日華条約で「中華民国」になつたが、昭和四七年九月の日中国交回復で「中華民国」という国が法的に存在しなくなつたため、無国籍になつたとの見解を示している。

中華民国の旅券は日中国交回復以来無効とされ、台湾人の日本入国には、渡航証明書を必要とされている。このように入国許可事務においても台湾人は無国籍として扱われている。

(五) 原告は中華民国の旅券を取得したことがある。

しかし、右旅券は、日本の敗戦により、台湾が中華民国の占領下に入つたため、昭和三七年三月、台湾から日本に入国する際、台湾脱出の方便としてこれを取得せざるを得なかつたものであり、原告を中華民国国籍とする根拠とはならない。

3 原告は、昭和五九年五月四日、外国人登録原票の国籍の記載(中国)を無国籍と訂正するように東京都文京区長に申し立てた。

東京都文京区長は昭和五九年八月二八日付けで右申立を棄却した(以下、「本件処分」という。)。

4 原告が昭和六一年三月三日にその住所地を東京都文京区音羽二丁目二番八号から肩書地に移動したため、原告の登録原票を訂正する権限は東京都文京区長から被告に承継された。

5 しかし、原告が無国籍であることは前記のとおりであるから、訂正を認めなかつた本件処分は違法である。

よつて、本件処分の取消しを求める。

二 本案前の主張

外国人登録原票の記載の訂正に係る行為は、取消訴訟の対象となる行政処分には該当しない。

申請等に対する拒否行為が取消訴訟の対象となる行政処分に当たるかどうかは、当該申請等を拒否することにより申請等をした者の法的利益を侵害したかどうか、換言すれば申請権が認められるかどうかによつて決せられるものと解すべきである。

外国人登録法によると、外国人登録に当たつては、事後的な事情変更によりその登録内容と事実関係との間に不一致をきたした場合は、変更登録の手続によりそれを改めるものとし(居住地変更登録に関する八条一項、二項、居住地以外の記載事項の変更登録に関する九条一項、二項及び市町村又は都道府県の廃置分合に伴う変更登録に関する一〇条一項、二項)、それ以外に何らかの原因により登録当初から登録内容に誤りがあり、そのため登録原票の記載が事実に合致していない場合は、登録の訂正手続によりこれを改めるものとしている(一〇条の二第一項)。そして、同法は、変更登録については一〇条一項の変更登録を除き外国人に申請義務を課し、その申請により行うものとしているのに対し(八条一項、二項、九条一項、二項)、登録の訂正については、被登録者の申請を前提とすることなく、これを市町村長の職権により行うものとしている(一〇条の二第一項)。なお、外国人登録法施行規則九条の二第二項は、外国人からの登録原票の記載の訂正の申立てについて規定しているが、前述した法の規定からすると、右は職権発動を促す方法を定めたものと解される。

以上を前提にすると、外国人登録原票や登録証明書の記載事項が被登録者の国籍等の実体上の権利義務を確定する法的効力を有する旨の規定はないから、この側面から申請権を基礎づけることはできない。

次に、登録の訂正に関する同法の規定からみてみると、右のとおり、それが被登録者の申請を前提とすることなく市町村長の職権で行うものとされていること、したがつて被登録者との関係で市町村長に訂正義務はないと考えられることに加え、同法が在留外国人の公正な管理という側面から外国人をとらえていること(法一条)をも考慮すると、被登録者には訂正申請権ないし同申立権はないと解するのが妥当である。

よつて、本件処分は取消訴訟の対象となる行政処分には該当しないから、本件訴えは不適法である。

三 請求の原因に対する認否、反論

1 請求の原因1の事実を認める。

2 同2について

(一) 原告が無国籍者であることを否認する。

(二) (一)の事実のうち、原告が、昭和四年九月五日、当時日本の領土であった台湾で出生したことを認めるが、その余は不知。

(三) (二)の前段の主張を争う。後段の事実を否認する。

(四) (三)の主張を争う。

(五) (四)前段の主張を争う。中段の事実については、昭和五八年一一月二五日に原告の日本国籍確認請求訴訟についての最高裁判決があつたことを認めるが、その内容については否認する。後段については、日中国交正常化以来、中華民国のパスポートでは日本に入国できなくなつたこと及び台湾人の日本入国に渡航証明書を必須条件としていることを認めるが、この取り扱いが台湾人を無国籍として扱うものであるとする主張を争う。

(六) (五)の事実のうち、原告が中華民国パスポートを取得し、昭和三七年三月台湾から日本に入国したことを認め、その余は不知。主張を争う。

3 同3前段の事実を認める。

同後段については、東京都文京区長が原告に対し、昭和五九年八月二八日付けで、原告の外国人登録原票国籍欄の記載が誤りであるとは認められない旨の法務省入国管理局登録課長からの回答があった旨の通知をした事実はある。

4 同4は認める。

5 同5の主張を争う。

6 国籍とは、特定の国家の所属員たる資格あるいは人を特定の国家に属せしめる法的な紐帯をいうが、ある人が特定の国の国籍を有するか否かは、その国が国内法によつて合理的に決すべき問題である。

したがつて、外国人登録に係る国籍の確認は、その者の属する国の権限ある機関が発給した国籍を証する文書によつてこれを行うこととなる。外国人登録法は、外国人が新規登録申請をするに当たり、国籍を確認するための国籍を証する文書として旅券の提出を求めている。外国人登録の申請を受けた市町村の長は、申請書に記載された申請事項を提出された旅券に基づいて審査し、それらが真実であることを確認した後(同法施行規則三条一項)、登録を行うのである。

原告は、昭和三七年三月一三日新規の外国人登録申請をしたが、その際、当時の中華民国政府発給の「護照」を提出した。右「護照」は、同法三条一項二号にいう旅券に該当するものである。そこで、東京都文京区長は右「護照」に基づき原告の原票の国籍を記載したものであり、原告の国籍を「無国籍」と記載すべき理由は全くない。新規登録時において、原告の国籍欄の記載に誤りはなく、かつ、原票記載の国籍が事実と相違することを証する資料はないのであるから、同区長が右欄を訂正しなかつたことについて何ら違法な点は存在しない。

第三証拠<略>

理由

一 原告の外国人登録原票の国籍欄の記載が新規登録時から「中国」となつていること及び原告が昭和五九年五月四日同欄の記載を無国籍と訂正するように東京都文京区長に申し立てたことは、当事者間に争いがない。

そして、<証拠略>によれば、同区長は、右申立てについて、訂正することに疑義があつたことから、法務省入国管理局長に訂正認定伺を提出して指示を求めたところ、右欄の現記載が誤りであるとは認められないので、訂正は控えるようにとの指示を受けたため、右申立てに基づく訂正を行わないことに決定し(本件処分)、右指示に係る回答文書の写しを添付した昭和五九年八月二八日付け文書を以て、原告に送付し、右訂正を行わないことを通知したことが認められる。

二 本案前の主張について

被告は、外国人登録原票の記載の訂正に係る行為は取消訴訟の対象となる行政処分には該当しないと主張する。

外国人登録原票及び登録証明書の記載事項が被登録者の国籍等の実体上の権利義務を確定する法的効力を有しないことは、被告の主張するとおりである。しかし、外国人登録制度は在留外国人の公正な管理に資することを目的とする制度であつて(外国人登録法第一条)、外国人は登録原票記載の事実を前提として管理を受けることになるものであり、また、登録されている事項が身分関係及び居住関係という社会生活上基本的な事実であることから、行政慣行上外国人登録済証明書の発給が行われ、右証明書が海技従事者国家試験(昭和四九年一一月六日付員職第六〇九号通知)等の国家試験受験申請手続、医師免許(昭和三五年四月一四日医発二九三号、各都道府県知事あて厚生省医務局長通知)等の免許申請手続、国民年金給付の裁定請求(昭和五六年九月七日庁保険発第一三号通知)等の社会福祉手続その他の行政手続上、身分関係、居住関係を証明する書類として扱われているなど、戸籍法、住民基本台帳法の適用のない外国人にとつて、外国人登録制度が各種公法関係及び私法関係における身分、居住関係の公証制度としての機能を果たしていることは、公知の事実である。

このように、外国人登録制度が外国人の管理のための制度であり、外国人が登録事項を前提として管理されること及び同制度が公法上、私法上の権利義務の基礎となる身分関係及び居住関係の公証の機能を果たしていることに鑑みると、登録を受けた外国人は、外国人登録原票に登録事項が正確に記載されることについて法的利益を有しているものということができる。そして、市町村の長による外国人登録原票の記載の訂正を行う行為ないし訂正を行わないことにする行為は、右法的利益を実現しあるいは制限する効果を伴う行為であるから、取消訴訟の対象となる行政処分に該当するものということができる。

したがつて、被告の右主張は理由がないものというべきである。

三 本案の判断

原告は、原告がサンフランシスコ平和条約により無国籍になつたと主張する。

しかし、右条約ないし日華平和条約により、いわゆる台湾人が日本国籍を失つたものと解されることは明らかであるが、日本国籍を喪失したからといつて直ちに無国籍になるものでないこともまた明らかである。

すなわち、国家がいかなる範囲の人々をその所属員と認めて国籍を付与するかは、原則として当該国家が国内法により決定すべき問題であるところ、日本が主権を放棄した後、台湾が中国の領土となつたことは公知の事実であり、右事実及び原告がいわゆる台湾人であつて、日本に入国した時点において中華民国政府が自国民に対して付与する旅券(護照)を所持していたことからすれば、右時点で同国国籍を付与されていたものと推認することができる。

原告は、台湾脱出の方便として右旅券を取得したにすぎないと主張するが、旅券は自国民に対して発給すべきものであることからすれば、原告が中華民国国籍を有していないのに便宜的に右旅券を取得したという主張は、にわかに措信することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。なお、原告の引用する国会における政府委員の説明等が原告の主張するような見解を示したものと認めることはできない。

原告の請求原因2(三)の主張は独自の主張であり、採用することができない。

原告は、さらに、日中国交回復で中華民国という国が法的に存在しなくなつたため無国籍になつたと主張する。しかしながら、外国人登録法は、同法四条一項に規定する登録原票の登録事項のうち氏名、国籍、国籍の属する国における住所又は居所、職業、旅券番号、旅券発行の年月日、在留資格、在留期間、居住地、世帯主の氏名、世帯主との続柄並びに勤務所又は事務所の名称及び所在地に変更を生じた場合には変更登録の申請をすべき旨を規定し(同法八条一項、二項、九条一項、二項)、右の場合を除くほか、市町村長は登録原票の記載が事実に合つていないことを知つたときはその記載を訂正しなければならない旨を規定している(同法一〇条一項)ところ、右規定によれば、登録後に変更の可能性のある事項はいずれも変更登録の対象とされているということができるから、同法は、登録後の登録事項の変更はすべて変更登録によつて対処し、登録の訂正はそれ以外の場合、すなわち、登録時に登録事項の記載に過誤があつた場合に行うこととしているということができる。したがつて、仮に原告主張のとおり日中国交回復によつて原告が無国籍になつたとしても、右変更は原告の新規登録後の登録事項の変更であつて、登録の訂正の対象となるものではないというべきであるから、原告の右主張は主張自体失当である。

以上によれば、原告の外国人登録原票の国籍欄の記載を訂正しないこととした本件処分には何ら違法はないものというべきである。

四 よつて、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 宍戸達徳 北澤晶 中山顕裕)

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